正道有理のジャンクBOX

経験から学ぶことも出来ないならば動物にも及ばない。将来の結果に役立てるよう、経験や知識を活用できるから人間には進歩がある。

正道有理のジャンクBOX

今からでも止めよう! 原発汚染水の海洋放出

核汚染水の海洋放出とはなにか

――デブリに触れた汚染水から環境を守るのは「核種の回収」だけだ――

▼ 現在の汚染水(23年4月時点)
・処理 途上水(告知濃度比 1倍以上)   793,400トン(約65%)
・ALPS処理水(告知濃度比 1倍未満)   418,500トン(約35%)

▼ 汚染水海洋放出の量
・約150トン/日 告知濃度比1倍未満のALPS処理水だけを放出しても7年を要する。

▼ その一方で、汚染水の発生量は
・70~140トン/日(⇒降雨量や廃炉作業の状況で変動、定量的なことは言えない)

仮に1日100トンと仮定した場合、7年で新たに25万5,500トンの汚染水が発生し、現在の処理途上水(ALPSによる二次処理前の汚染水)の総量は・・・
  79万3,400+25万5,500=1,04万8,900トンとなる。

いまここで、2013年のALPS導入から多くのトラブルを経て今日に至った10年間の第二次処理量と、この先7年間のそれを同程度とした場合、この処理途上水のうちから告知濃度比1倍未満の、いわゆるALPS処理水(二次処理水)が新たに41万8,500トン浄化されると仮定しよう。
すると7年後に発生する処理途上水は・・・
  1,04万8,900-41万8,500=63万400
つまり、63万400トンの処理途上水と41万8,500トンのALPS処理水が発生する計算である。
これを現在の処理途上水 79万3,400トンと比較すると、7年で処理途上水は16万3,000トン(1年あたりでは2万3,000トン)しか減らないことになる。

極めておおざっぱで諸々の可能性や要因を排除した計算ではあるが、これで行くとALPSの処理が追い付き、処理途上水がなくなるまでには34年かかることになる。これが、海洋放出に30年位かかるという根拠ではないか。

東電の資料によれば、トリチウムはALPS処理(第二次)によってもCタンク群で82万2,000Bq/L(告示濃度比 13.7)、Gタンク群でも27万2,000Bq/L(告示濃度比 4.5)である。これを告示濃度比1以下にするためには、4~14倍ぐらいの海水で希釈する必要がある。つまり、150トンの汚染水を流すには実際には約600トン~2千トン以上の海水で希釈するということになるのである。

まず、この論理のデタラメさをはっきりさせなければならない。
そもそも、いかなる放射性物質も環境中に放出させないという前提(建前)で成り立ってきた原発においては、放射性物質による環境汚染の許容基準とは、あくまでも環境中に放出する前の値を意味するのである。そして、放射性物質を「環境中に放出する」という行為は、気体としての放出であれ、液体としての放出であれ、放出した後にその環境中の流体のなかに取り込まれ結果として希釈・拡散されることを言うのである。

ところで汚染水というのは、すでに環境中に出てしまっているものであり、これは、核種の分離と除去・吸着によって回収する以外、いかなる方法によっても環境中に放出させる放射能を低減させることなどできない。これこそが原発事故によって発生する汚染水処理の決定的な問題なのであって、これを放棄して環境中で薄めるなどというのは全くのペテンなのである。

周知のように、福島第一原発事故で発生している汚染水は、溶け落ちた核燃料・デブリに直接触れた地下水、および冷却水であり、二次処理によってもヨウ素129や炭素14など半減期の長い核種をはじめ、セシウム137やストロンチウム90などの核種が除去されないまま残っているのである。政府は、これらの核種も含めて、海水で希釈されるから世界基準よりはるかに下回っていると強弁しているのであるが、前述のとおりこれは全くのペテン的な論理である。

すでに知られているように、世界の原発においても大量のトリチウムが環境中に放出され、その放出量は2008~16年当時の資料によっても気体、液体を含めて、2京ベクレルを優に超えている。これが、将来、人類にどのような影響を与えるかははかり知れない。

しかし、これとは別に、今回の汚染水海洋放出ではなぜ世界中から反対の声がまきおこり、日本政府が対応に追われ、「風評被害」対策に800億円もの税金を使い、折に触れて世界にその言い訳をして回らなければならないのか。その一事をとっても、単なる原発の廃水とはまったく別問題であるということは、政府・東電自身がもっともよく知っていることなのだ。

直接、核燃料=デブリに触れた汚染水と通常の運転をしている原発から出される冷却水などの廃水とはまったく次元の異なるものだということ――先に述べたように、すでに環境中に放出されてしまっている放射能汚染水においては「核種の回収」そのものが問題になっている――をはっきりさせなければならない。

なぜ海洋放出なのか

 福島原発の核汚染水処理に関わる経過】

(Ⅰ)トリチウム水タスクフォース 2013年12月~2016年6月(全15回)
①構成メンバー

垣内秀樹(環境科学技研、東大・考古学)、高倉吉久(東北放射線科学センター理事、東北大・原子核工学)、立崎英夫(放医研、原子力災害現地対策本部)、田内広(茨城大理学部・生物科学)、野中俊吉(生協ふくしま専務理事)、森田貴己(中央水産総合研)、山西敏彦(日本原子力開発機構)、山本一良(名大理事、汚染水処理対策委員)、山本徳洋(日本原子力開発機構、汚染水処理対策委員)、金城慎司(事務局、原子力規制庁、福一事故対策室長)
 ※ 立崎英夫は放医研が事故対策本部の医療班に組み入れられなかったことや、除染の基準
  値が13,000CPMから100,000CPMに引き上げられたことに異論をもつ人物。
 ※ 田内広は、放射線被曝によるDNA(遺伝子)の損傷が修復される仕組みの研究。

②タスクフォースの性格、検討内容
▼ この特別チームはその名の通り、トリチウム水の処分そのものについて議論するために作られたと言っていいのだろう。議論の内容からしても、放射能の汚染から人と環境をどう守るのかというような問題はほとんど触れられていない。そして、メンバー構成を見ると大半が推進または容認の側に立っているか、そうでないにしても、放射線被曝を科学的に解明する立場にはないメンバーではないだろうか。

▼2014年4月頃までは汚染水の保管状況や海外の事例を検討。同年7月の第9回タスクフォースから処分方法の選択肢について、技術的検討に移っていく。そして、①地層注入、②海洋放出、③水蒸気放出、④水素放出、⑤地下埋設という5つの選択肢に絞って総合的評価の判定が行われ、2016年5月に「タスクフォース報告書」がまとめられるのである。

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/013_04_03.pdf

(Ⅱ)多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)
    2016年11月~2020年2月 (全17回)

① 委員会の性格、中心課題――風評対策
タスクフォースの報告書は第1回ALPS小委員会に提出されているが、初めから処理水の処分方法について議論されたわけではなかった。この小委員の中心課題はもっぱら「風評被害」対策であり、その一環として2016年から2018年にかけて各所でヒアリングや公聴会、説明会を開催しこれを集約することが中心的活動となっていた。政府(経産省)や東電にとって、どのような処分方法を取るにせよ、いかに人々の批判をかわし安全、安心を宣伝することができるかが最大の問題だったのである。国内外の広範かつ厳しい批判や反発さえ抑え込めれば、処理の方法はどうにでもなるという、極めてご都合主義的な意図が透けて見えるものだ。

トリチウム水の海洋放出への決定的転機となったWTO上級委判断
 ▼ 2019年8月9日 第13回ALPS小委員会
 議題)WTO上級委判断と廃炉国際広報、貯蔵継続と処分方法の検討

※ 政府はALPS処理水の処分方法を検討する一方で、韓国の輸入規制強化について、WTOに提訴していた。

WTOの紛争処理機関は、一審にあたるパネル(小委員会)と二審に相当する上級委員会の二審制がとられている。日本の提訴は、パネル小委員会においては「韓国の輸入規制は不当」と判断され、韓国の全面敗北となったが、上級委員会では「パネルの判断は(不当とする) 根拠についての論議が不十分」であるとして、パネルの判断を取り消したのである

おそらく、日本政府は韓国の全面敗訴を予想し、これを突破口に輸入規制を続ける他の国の批判を抑えこみ、国内的には韓国への排外主義的キャンペーンとともに、海洋放出を一気に進めようと狙っていたに違いない。ここにきて政府と東電は、若干の軌道修正と戦略の変更を迫られることになった。

⇒ タスクフォースの報告書はすでに2年前に出されており、報告も受けていたが小委員会の中では処分方法について詰めた議論はしてこなかった。政府は、水面下で国連WTOやIAEAとの交渉、働きかけを続けてきており、国際世論を味方につけようとしてきたのであるが、WTOの敗訴によってその思惑が外れ、追い詰められる形で海洋放出の強行を決断したに違いない。

2017年には「海洋に安易な放出は行わないという・・・中長期ロードマップの方針をまさに堅持する」(10/23 第6回ALPS小委員会、事務局見解)と答弁していたものが、2019年には「(水蒸気放出と比べ)海洋放出にメリットがあるとは思えない。期間を考えるとu>水蒸気放出の方が過去に管理目標値がなく、しがらみがないのではないか」という委員からの質問に対し、事務局の見解として「トリチウム水タスクフォースにおいて、・・・一つの指票として示した。水蒸気放出と海洋放出とで同じ基準を満たすために、期間とコストがどれくらい必要かを見たときに、海洋放出の方が容易風評被害を緩和するための工夫が・・・議論できれば、本委員会の目的が達成できる」(9/17 第 14 回委員会)と答え、暗に海洋放出が優位であることを匂わせ、かつ既定の方針であるかのように委員会をリードしている。

この後、小委員会は全体として海洋放出が既定方針であるかの如く、トリチウムの濃度をどう下げるか、これに対する社会の理解や風評対策をどうするかという問題に終始していくのである。それ以外の核種について、委員の中から多少の質問も出されるが、東電や事務局が計測数字をあげ、告示濃度比以下、或いは検出限度以下であると答えればそれ以上の議論にはならなかった。

海洋放出が選ばれたのは、何よりも処理費用が安いということだろう。小委員会では風評対策という事も大きな議題ではあったが、東電の負担という意味では海洋放出は圧倒的に安上がりなのだ。経産省と東電は初めからこの道を選んだに違いない。政府はこうした流れの中で、IAEAへの働きかけを強めていくことになる。

IAEAを引き入れるための破格の外務省拠出金

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① 巨額の拠出金でIAEAを買収

日本はIAEAの正規予算分担国(スポンサー)であり、その分担金は一定の決められた率に応じて割り当てられている。そして、日本はアメリカ、中国に次いで3番目に多い分担金をIAEA予算として計上している。上の表に見られるように、その額は年度毎に変動があるものの約40億~50億円である。そして、この分担金とは別に、少なくない拠出金がいくつかの省庁から出されているのである。例えば2020年をとれば、外務省から約15億3千万円、原子力規制庁から約2億8千万円、文部科学省から約7千4百万円、資源エネルギー庁から約2億3千万円、環境省から約3千万円などなど、多岐に渡る部署から職員の派遣費用や人件費名目での拠出金が支出されている。

また、上記の表で目を引くのは、第一に2020年のIAEAへの拠出金が飛び抜けて大きいことである。一目瞭然だが、2017年の約3倍、前年2018年と比べても5割増しである。WTO勝訴の思惑が外れ、猛烈なIAEA抱き込み工作が行われたことが考えられる。

第二には、IAEAへの拠出と言いつつ、外務省が大きく関与していることである。2017年を除けば、拠出金の4~7割が外務省の拠出金である。その内訳としては「緊急時対応能力研修センター拠出金」「核物質等テロ防止特別基金拠出金」「平和利用イニシアティブ拠出金」「核不拡散基金拠出金」などの名目となっているが、いずれも核技術そのものよりも、安全保障的側面が強く、広範で柔軟な、ある意味ではどうにでも説明がつくような拠出金なのである(これは外務省自身が、「柔軟で極めて効果的な使い方ができる資金」だと認めている)。別な言い方をすれば、極めて政治的な目的を持った拠出金であることは容易に想像がつく。これはIAEA加盟国への人的物的支援を含む政治工作資金だと言ってもよいだろう。

第三に2017年に限って、原子力関連の拠出がIAEAではなく、NEA(OECD原子力機関)、或いはIEA(国際エネルギー機関)に行われていることだ。それが、何を意味するのかは定かではない。ただ、この時期は日本が韓国輸入規制問題でWTOに提訴、パネルの設置を要請(2015年8月)していた時期であり、このパネルの報告書が提出されるのは2018年2月であることを考えると、2016~2017年はWTOにおける攻防の時期と重なっている。IAEAよりも幅が広く、かつ影響力を発揮しやすいOECDを通じてWTOへの働きかけをしていたのかも知れない。

② 菅政権の海洋放出閣議決定と一体になったIAEA
そして、2021年4月13日、菅政権(当時)は関係閣僚会議を開き汚染水の海洋放出を決定するが、これと完全に一体となってIAEAが動いていたことは極めて重要である。

2021年
 4月13日 事務局長がALPS処理水レビューの実施を発表
       (菅政権が海洋放出を正式に決定したその日である!)
  7月8日 日本政府による署名式
  8月19日 事務局長と経済産業大臣との会談
  9月7-9日 幹部が東京及び福島第一原子力発電所を訪問
  9月28-30日 第1回タスクフォース会合の開催
        (以後、ほぼ月一で開催)
 12月15-16日東京電力が技術的 な意見交換を実施

2022年
  2月8-11日 試料採取・分析活動に向けた準備会合を実施
  2月14-18日 ALPS処理水の安全性評価レビューミッションを実施
  9月27日 IAEA総会でのALPS処理水に関するサイドイベントを開催

このように、菅政権が海洋放出を閣議決定した背景には、IAEAを取り込むことを戦略目標としたシナリオがあったことは疑う余地がない。菅首相は、その準備が整ったところで満を持して閣議決定を行い、一方IAEAはその同じ日に事務局長がALPS処理水レビューの実施を発表した。

 菅首相は、地元住民や漁業者との合意を無視して強引な海洋放出に踏み切ったばかりでなく、経産省閣議決定と時を移さずALPS処理水の定義を変更し、「ALPS処理水の処分の際には、二次処理や希釈によってトリチウムを含む放射性物質に関する規制基準を大幅に下回ること」と言い換えたのである。

かねて、東電はホームページ上で「処理水(告示比総和1以上)の処分にあたり、環境へ放出する場合は、その前の段階でもう一度浄化処理(二次処理)を行うことによって、トリチウム以外の放射性物質の量を可能な限り低減する」としてきた。

これに比しても、その杜撰さは明らかである。

 (ALPS処理水の定義の重大な変更点)

*前の段階でもう一度浄化処理(二次処理)を行う
     ⇒ 二次処理希釈によって

トリチウム以外の放射性物質の量可能な限り低減
     ⇒ トリチウム含む放射性物に関する規制基準

東電は、むしろトリチウム以外の放射性物質をどれだけ減らせるかという事が問題なのだという事が分っていたからこそ、処分できなかったのであり、それと溜まり続ける一方の汚染水との関係で暗礁に乗り上げてしまったのである。

だが、政府はそうした核汚染水の処理に関わる根本的な問題に頬かむりし、これが社会的(世界的)な問題に発展するのを恐れて「風評被害対策」と称して、800億円もの予算を計上する一方、「一緒に希釈すれば海洋に放出しても安全」などというデマキャンペーンで人々をたぶらかしているのであり、東電以上に悪質だと言わなければならない。

そして、この日本政府の非科学的な決定にお墨付きを与えたという意味で、IAEAも同罪であり、絶対に許すことはできない。

六ケ所村など核燃サイクルのための既成事実化

③日本政府が海洋放出にこだわるもう一つの理由
そもそも、福島原発事故以前からの日本の核再処理計画では、六ケ所村の再処理工場で使用済み核燃料からプルトニウムを取り出そうとしていた。ここでは、その際に放出される年間2京ベクレルのトリチウム水(全世界の原発・再処理施設から排出されるトリチウム量に匹敵する)を沖合3Km、水深44mのジェット噴流パイプから海洋に放出する計画だった。これは、今なお撤回されたわけではないし、この核燃サイクル計画がある限り、トリチウム水の海洋放出は不可避かつ至上命題なのである。原発事故の汚染水処理にかこつけて、何がなんでも海洋放出という既成事実をつくろうとしたと見るべきであろう。

トリチウムの危険性、内部被曝=低線量被曝について

ところで、汚染水の海洋放出を考える時に、論じるべき問題が2つある。
一つは増え続けるトリチウムが環境を汚染しているという問題、即ち、トリチウム自体の危険性という問題である。今日、世界中の原発や再処理施設で、大量のトリチウム水がほとんど規制を受けないまま排出されている。これが、将来どのような形で生態系に影響を与え、人々の健康を蝕むのか。これは世界の原発や核開発に関わる独自の課題として科学的に解明し、問題にしていくべき事柄だと思う。

もう一つトリチウム以外の核種が引き起こす濃縮・蓄積と低線量被曝に対する、いわゆる内部被曝への再認識と、その危険性の問題である。

⇒これは、放射線被曝(とりわけ内部被曝)に対する正しい理解がすべての人々に共有されているかと言えば、そうではないという事である。ともすれば原発に反対している人々の中でさえ、核の危険性は日本のすべての人々が認識しているという前提で論じている場合が少なくない。

確かに、日本では「核の怖さ」について、広島・長崎の経験から語ろうとしてきた。「核の怖さ」として言われてきたのは、ほとんどの場合、外部被曝を指している。内部被曝については、政府も言わないし学校でも教えない。また、メディアも当然ながらこれを語ろうとしない(これは、ヒロシマナガサキ当時から米占領軍もタブーとして、調査・研究すらさせなかったのだ)。
その上、原発導入にあたって刷り込まれた核の「平和利用」や「安全神話」からの呪縛は根深いものがある。(日本学術会議の反対を押し切って、原発の導入を決めた故中曽根康弘とそのブレーンは「札びらで科学者の頬をひっぱだく」といって大学への助成金を餌に日本学術会議と大学の研究室から原発反対派を放逐してきたのだ)
こうして、放射線被曝、とりわけ内部被曝や低線量被曝の危険性を主張する科学者は隅に追いやられてしまった結果として、一般の人々の科学的な理解が極めて希薄になってしまっているのである。

「基準値」とか「許容限度」などという定義が実しやかに言われ、希釈すれば安全などという説明に騙されてしまう人は、放射線被曝を青酸化合物などの毒物による中毒と同じよう考えているのかと問いたくなる。

放射線は目で見ることができない。放射線健康被害との関係を明らかにするには、意欲的な科学的、医学的な研究と検証が必要なのだが、全世界的な原発推進、核容認の圧力のもとでこれが進んでいない、あるいは研究はあっても、ほとんど無視されてきたといっていいだろう。

ガン検診で、「あなたはタバコを吸っていましたか?」と聞かれることはあっても、「あなたは年間何シーベルトぐらいの放射能を体内に取り込んでいますか?」と聞く医者はまずいない。

そんなことは聞かれても分らないが、では全く健康に無関係だと断言できるのか。
医者も聞かないし、個々人でも測りようがないのをいいことに、誰も日常生活のなかでの極低線量被曝を問題にしないのである。それでいて、放射線従事者にとってのみ問題となる「基準値」だとか「許容限度」「告示濃度比」などをあたかも一般市民の安全指標であるかのように宣伝し、それを聞いて納得してしまうなどということは、まったく馬鹿げたことだ。

放射線被曝のメカニズムを正しく理解してもらうことなしに、ただ「危険な核」と言って説明したつもりになったり、原爆に結び付けて危険性を語るのは、誤りだとは言わないが、「風評を煽る言動」という原発推進勢力の批判に抗することはできない。

かつて水俣病が体内に蓄積されたメチル水銀有機水銀)によるものであることを立証し、チッソを告発するまでに極めて長い年月を要したことを考えれば、内部被曝の問題が全社会的に理解されるまでには長い困難な闘いが必要である。

トリチウムの性格と危険性について

トリチウムの特質】
   ・水素の同位体、β崩壊しヘリウムになる
  ・化学的には水と同じ挙動をする
  ・同位体分離技術を使えば、水との分離は不可能ではないが、膨大なエネルギーを要し非
   現実的である
  ・トリチウムの出す放射線β線のみ、そのエネルギーは6キロ電子ボルト(eV)でセシウ
   ム137が出すα線(661 KeV)の約100分の1程度である
  ・半減期は 12.33年、生物学的半減期(生物の体内に取り込まれた放射性物質代謝など
   で排出され半減する期間)は7~14日とされる
  ・壊変定数(λ)=0.056
  (半減期=Tは、壊変定数λとともに放射能の統計的な壊変現象を特徴付けるこれらの間に
   は λ=0.693/T という関係がある)

【自然界のトリチウム
 自然界のトリチウム宇宙線等により地球上で年間約7京(7×1016)Bq生成されるが、その端から放射性崩壊し、放射平衡に達する。この平衡状態の存在量は、生成ベクレル数を崩壊係数で割った値として計算される

 ∴ (5.7~7.2)×1016[Bq/年]/0.056 = (1.0~1.3)×101[Bq]  となる。
  乗数を統一すると、およそ120京(130×1016)Bqが自然界のトリチウムである。

【人工由来のトリチウム
過去の核実験(1945~1963年)により、最大で2.4×1020Bq=24000×1016Bqが放出された。トリチウムが物理的に1/10になる期間は41年とされており、仮に82年を経過し1/100になったとしても、なお240京Bqの核実験由来のトリチウムが存在することになる。100年近く経ってようやく自然界のレベルに到達するという事なのだ。

そして、全世界の原子力発電所からは、毎年2京(2×1016)Bqのトリチウム水が放出されている。これが、今後もずっと続くと仮定して、これを自然界のトリチウムの年間生成量に加えて放射平衡を再計算すると、260 ~270京Bqのトリチウムが地球を覆うことになる。

原発推進派は、盛んにトリチウムは自然界にあるものといって、原発から排出されるトリチウムを軽視しようとしているが、自然由来のトリチウムの30%近いトリチウム原発が排出し続けているという事は大きな環境問題ではないのか。これはすべての原発立地国の問題なのである。

トリチウムの危険性】
トリチウムβ線しか出さず、それもセシウムなどに比べれば極めて弱い。また、水と同じ挙動をするから、体内に取り込まれてもほとんどが代謝によって排出され、長くとも生物学的半減期である7~14日で排出されるので、危険性はないというのが容認派の理由である。

しかし、これは真実を語っていない。

トリチウムの危険性は、上の図における5~6%の有機結合型トリチウムにある。確かに体内に吸収された水分の大部分は代謝によって排泄されるが、その一部は有機化合物として細胞の中に取り込まれる(有機結合する)のである。この問題についてもう少し詳しく見てみよう。

細胞核の中にはDNAという物質で作られた染色体があり、さらにこの中には、タンパク質の設計図ともいえる塩基配列(人の細胞一個のDNAの中には約60億個の塩基が並んでいるという)で構成された遺伝子がある。また、ヒトのタンパク質は5種類の元素(炭素、水素、酸素、窒素、硫黄) から構成される20種類のアミノ酸が結合したものであるが、このアミノ酸の組み合わせ(=形質)はタンパク質合成時に遺伝情報に基づいて行われる。
このように、細胞やDNAは様々な物質の結合によってつくられているが、それぞれの物質(原子)を結合しているエネルギーは10電子V(eV)程度と言われている。
ここに有機化合物として細胞内に取り込まれた有機結合型トリチウムが留まった場合、どのようなことが起きるであろうか。
先に示したように、トリチウムが出す放射線は6キロ電子ボルト(セシウム137に比べれば1/100)に過ぎないが、DNAや染色体を構成する物質の結合エネルギーに比べれば600~1000倍の強さであり、容易に染色体や遺伝子が破壊される(修復されるものもあるが修復されずに残る)可能性も十分考えられる。しかも、トリチウム水の摂取が恒常的に行われていけば、よりその危険性は高まるのである。

低線量でも長期間に亘って晒し続けられた場合、高線量で短時間の場合より危険性が高いという低線量被曝の原則はトリチウムについても全く同じである。

放射線被曝

【告示濃度は内部被曝の科学的根拠ではない】

告示濃度とは、毎日、その濃度の水を約2Lずつ飲み続けた場合、1年間で1ミリシーベルトの被ばくとなる 濃度、これを1として比較したものが告示濃度比である。

放射線による被曝、特に内部被曝は本質的に定量的な安全基準を設けることはできない。なぜならば、放射線障害にはがんの発症のような晩発性の障害や、後の世代に現われる遺伝性障害が確認されているからである。

急性の放射線障害では、ある一定の線量を被曝すると害が現れる。この時の最小線量が「しきい値」であるが、この考え方は晩発性障害や遺伝性障害には適用できない。

しきい値」が存在しない以上、晩発性や遺伝性の障害が発生する確率をどう説明するのか。ここで出てきたのが「比例説である。これは障害発生の確率は、それまでに受けた線量の総和に比例している、という考え方であった。比例説では、いかにわずかな線量であっても有害であり、これ以下なら絶対安全という線量(即ち、「しきい値」)は存在しないという考え方がベースになっており、「しきい値」をとる科学者との間で大きな論争になった。

安全問題において、この「比例説」に立ちながら現実の原子力技術については肯定する立場から「しきい値」という考え方を提示したのは、武谷三男である。

武谷は、晩発性、遺伝性障害が確認され、「しきい値」や許容量は科学的意味を持たなくなった、すなわち放射線被曝においては将来の障害の程度を科学的に推定することができない。そうである以上、安全原則に立てば過大評価は許せるが、過小評価は許されない。したがって、「比例説」の立場に立ち、放射線はできるだけうけないことを原則としつつ、やむを得ない理由があるときだけ照射をうけることを「がまん」する。つまり、放射線をうけることが、それによって生じるリスク以上に有益であり、必要不可欠であるという場合に限っての「がまん量という考え方を提唱した。

これは科学的な安全を保障する自然科学的概念ではなく、有益性と有害さを比較して決まる社会科学的概念なのである。

武谷の考え方は、アメリカの遺伝学者の中でも、集団に対して放射線被曝のリスク(危険性)とそのもたらすベネフィット(有益性)をバランスさせて許容量を決めようという考えが次第にできて、ICRPの勧告もその考えに沿ったものとなって今日に至っている。

この考えに従えば、放射線従事者ではない一般市民は、放射線治療などの場合を除けば、放射線を受けることはリスクでしかなく、有益性は何もない。つまり、被ばく量を限りなくゼロに近づけることが必要なのだ。
こう言うと、自然放射線を持ち出す人がいるが、自然放射線は人間の進化史の中で、これに耐えられない者は淘汰され、耐性のできたDNAが生き続けてきたわけであり、ここで問題にしているのは、あくまでも人工の放射性物質についてである。

放射線被曝(まとめ)】

(1)急性放射線傷害は短い間にある一定の量の放射線を浴びると皮膚など体の組織が破壊され傷害が現れる。この時の放射線量がしきい値あるいは被曝許容量とされる。内部被曝ではガンや白血病の発生のような晩発性障害と後世代に現れる遺伝障害がある。

(2)晩発性障害や遺伝障害にはしきい値はない。これらは細胞の中のDNA分子に放射線があたり分子中の電子をはね飛ばしたり周辺物質をイオン化する等によりDNAを破壊する。変異した遺伝情報をもつ細胞が分裂することで体組織に障害をもたらす。

(3)破壊され変異したDNAをもつ細胞分裂が骨髄で起きれば白血病などに、生殖細胞で起きれば後世代の遺伝障害となる。細胞中の分子が破壊されるのは放射線量の大きさではない。一発の放射線でも命中する事はあるからだ。少ない放射線でも長い期間曝されれば確立は高くなる。

(4)微量の放射線でも長い期間にわたり曝された場合、高線量の放射線を短時間に照射された時よりも低い放射線量で細胞膜が破壊される危険が高い。これを発見したのがカナダの医学者A・ペトカウ博士。「ペトカウ効果」と呼び、その後も世界の研究者により検証されている。

(5)結論として内部被曝を考えた場合、許容放射線量なるものはない。また「食べた場合でも大半は排泄される」論も嘘。20mSvは論外で1mSvだって確率的には障害が起こりうる。それを承知の上で現実に放射線を取り扱う作業者・技術者のための我慢量の基準でしかないのだ。原発放射線治療に無関係な一般人に適用するような基準ではないのである。    (了)