正道有理のジャンクBOX

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領土問題は戦後処理の曖昧さにあり、国民の意識を分断する道具に使われる

 領土の領有とは、国家が領有意志をもって統治をし国際的にもそれが認知される事であり、個人や有志が私的に所有権を主張し、開拓したからと言って領土と見なされる訳ではない。

   さて、領土取得の形態は国際法的には①譲渡、割譲、②征服、③先占、④添付(地形の変化により海岸線が変更される等)、⑤時効(自国の領土ではないが長い期間、実質的統治が行われ領有国も黙認したような場合)、等が挙げられる。
しかし、尖閣諸島竹島の場合、厳密には、上記の何れにも該当しない。①④は別として、②征服は国連憲章上で適法とされていない。領土の一部を武力で征服するのは略奪に他ならないからだ。しかし、現実にはこのような事が平穏には起こり得ない。イスラエルパレスチナの関係を見ても明らかなように、これは戦争に発展し、宣戦から始まり講和で決着がつけられる。竹島の領有を主張する人の中には、「GHQ占領下で日本は反撃出来なかった」等と言う者がいる。それこそが、自らが招いた戦争の結果なのだという事を認めようとしない。こうした人達ほど再び戦争をやりたがる。

 ところで、1952年の李承晩ライン設定、その後の日本漁船への銃撃、拿捕、拘束等が頻発する中、日本国内でも抗議運動が展開されたにも拘わらず、なぜアメリカはこれを実質的に無視し続けたのか。それは連合国・アメリカとの関係に於てはあくまで敗戦帝国主義だという厳然たる事実と、他方ではその関係は維持しつつ、アジアを「共産主義」から防衛するという戦略下に日本を組み込む狙いがあったからに他ならない。それは天皇制の存続を認めた事でも明らかなように、一般的な敗戦国に対する占領政策とは違う形をとって「番犬帝国主義」日本の復活が行われた。ここに日本が戦後賠償の問題、国境線や領海線の問題等々が曖昧なまま残されてきた根拠がある。言うなれば、日本の戦後処理は未だ終わっていないのだ。
そのように考えれば、どちらが先に「占有」統治(③先占)していたか等というのは意味のない事である。

ドイツに於ては第二次世界大戦に敗北すると同時に東西に分割され、文字通り東西冷戦の渦中に叩き込まれた。そうした事から平和条約の締結がないまま40年以上を経過し、ベルリンの壁崩壊と同時期、1990年の最終規定条約締結をもって国家としての戦後処理が完了する。
日本は1945年(昭和20年)8月14日、ポツダム宣言の受諾、同年9月2日、降伏文書(休戦協定)調印、1952年(昭和27年)4月28日、サンフランシスコ平和条約が発効 ―ここで領土や賠償問題の扱いが謳われているが、連合国との片面講和ゆえに、尖閣諸島をめぐってはポツダム宣言との関係で一貫性に欠け、竹島問題ではラスク書簡が交わされたとはいえ、一度は草案に明記された「日本の竹島領有」は外されたままとなった。そして、賠償問題は事後処理扱いとなった。以後、日本は日米安保同盟にのみ依拠し、対外的な国家としての意志決定の殆ど全てをアメリカに委ねてきた。従って、戦争責任も曖昧にされ、一方で戦後処理も曖昧なままになってきた。それ故、国内政治支配が危機に陥ると決まってナショナリズムを煽るために領土問題が持ち出されるのである(これは、中国や韓国もまた同様である)。

 今、日本・韓国・中国が三者三様に政治的、体制的危機を抱える中で、竹島(独島)や尖閣諸島(釣魚台)の問題が先鋭化している。しかし、これは民衆の為に何か利益をもたらすだろうか。これを煽っているのは、領土(領海)の領有=資源開発によって利益を得んとする一部の資本とその代弁者達である。漁民にとっても、農民や労働者にとってもお互いの民族が争うことを望んでいるわけではない。いや、寧ろナショナリズムを喧しく煽り立てる背景は、国内政治危機=支配層と人民の対立が激化し、大衆の不満が反政府運動に発展するのを防ぐためであり、民族排外主義を持ち込むことによって大衆意識の分断を図るのである。

(付言すれば、排外主義が鼓吹されるとき、同じ理由から国家による国民のプライバシーへの制約、監視、統制が強められるのは必然である)