正道有理のジャンクBOX

経験から学ぶことも出来ないならば動物にも及ばない。将来の結果に役立てるよう、経験や知識を活用できるから人間には進歩がある。

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ヒロシマ・ナガサキの被爆者、被曝二世が強いられた歴史を繰り返すな

一瞬にして20万人以上の広島市民の命を奪った原爆では、飛散した放射性物質が黒い雨となって降り注いだほか上昇気流にのって拡散し、残留放射能の影響は少なかったとされる。にも拘わらず、30万とも50万とも言われる二次被曝者や被曝二世が遺伝性障害の不安に苛まれ、謂れ無き就職や結婚の差別に苦しんできた。
 

 

原爆の放射能による晩発性障害の実態は、GHQの報道管制と政府マスコミの追随により正確な知識や情報が奪われ、差別や偏見を産んできた。福島ではヒロシマの少なくとも30倍以上の放射性物質が飛散し、やがて晩発性障害が大きな問題になることは疑いない。ヒロシマ被爆者、被曝二世が強いられてきた歴史を繰り返してはならない。

 広島、長崎に投下された原爆を当初日本政府は「新型爆弾」と言ってごまかした。原爆の開発を進めていた政府は原爆投下が何を意味するか充分知りながら被曝者を放置し抹殺しようとしたのだ。
 この姿勢は今も全く変わっていない。命と予算を天秤にかけ、政治の都合で許容線量を引き上げる。
 
 原爆投下直後、アメリカは陸軍医師団を調査目的で派遣し、1947年ABCCという原爆傷害調査機関が作られ、翌年には日本の厚生省も参画した。これは放射能による晩発性障害を調査研究する事を目的としたもので、被曝者の治療要求は一切拒絶された。被曝者をモルモットのように利用したのだ。

   内部被曝による放射線障害は原爆使用者側にはその経験から既定の事実であった。にも拘わらず、アメリカが被曝者に厳しい緘口令まで敷いて原爆被害の実相を世界に対して隠蔽したのは…、低線量放射線による内部被曝の恐怖を『知っていたが故の隠蔽』だったに違いない」(内部被曝の恐怖・肥田舜太郎

広島・長崎の被曝者は政府による被曝者「抹殺」の攻撃に、被曝医療と援護法を求めて闘った。総評傘下の被曝二世は労組内に連絡会を組織し労働者の中に運動を拡大した。
 この間、政府が原爆や被曝についての正しい情報を隠し続けた為に謂れなき偏見や差別とも闘わねばならなかった。
 原爆被曝者の命の叫びと闘いで「原爆医療法」が施行されたのは1957年、十数年に亘り被曝者は放置され、その間多くの被曝者が、自分が被曝者であることを隠し、晩発性障害とそれに対する差別や偏見との闘いを余儀なくされたのだ。
 被爆者援護法制定は更にずっと後の1994年、実に原爆投下から40数年後の事だ。

米国が全ての資料を持ち帰ったとは言え、厚労省放射能がもたらす事態を十分に知りながら、敢えて「原発=核の平和利用」として核政策を保護、推進するのは「核の軍事利用」に道を開いておくために他ならない。
 従って、それは日本政府だけではない。国際原子力機関をはじめ、核(兵器)を容認するすべての国、勢力が人工放射性核種による放射線障害の真実を隠蔽するために、科学者とマスコミを手なずけ動員しているのだ。

放射線被曝】
急性放射線傷害は短い間にある一定の量の放射線を浴びると皮膚など体の組織が破壊され傷害が現れる。この時の放射線量がしきい値あるいは被曝許容量とされる。内部被曝ではガンや白血病の発生のような晩発性障害と後世代に現れる遺伝障害がある。
 晩発性障害や遺伝障害にはしきい値はない。これらは細胞の中のDNA分子に放射線があたり分子中の電子をはね飛ばしたり周辺物質をイオン化する等によりDNAを破壊する。変異した遺伝情報をもつ細胞が分裂することで体組織に障害をもたらす。
 破壊され変異したDNAををもつ細胞分裂が骨髄で起きれば白血病などに、生殖細胞で起きれば後世代の遺伝障害となる。細胞中の分子が破壊されるのは放射線量の大きさではない。一発の放射線でも命中する事はあるからだ。少ない放射線でも長い期間曝されれば確立は高くなる。
 結論として内部被曝を考えた場合、許容放射線量なるものはない。また「食べた場合でも大半は排泄される」論も嘘。20mSvは論外で1mSvだって確率的には障害が起こりうるが、それを承知の上での我慢量の基準でしかないのだ。日本は今完全に世界の流れに逆行している。


放射能の基準値】
急性放射能障害を起こす線量(被曝許容量)にはしきい値があるが、晩発性障害を起こす可能性がある低線量被曝にしきい値はない。この数値以下なら安全という根拠は無いのだ。世界の諸機関が定める基準値も基本的に「我慢量」(武谷三男)=忍受限度量であり安全の基準ではない。
 厚労省の統計によれば1998年の癌死亡者は全国で28万4千人で、これは全死亡者数の3割強(3人に1人)に当たると言う。特に40~64歳の人の癌による死亡割合が高いそうだ。癌死亡者は更に増え続けている。何かと癌の原因にされるタバコの喫煙率は年々下がっているのに、癌の発症者が増え続けているのは単に医療の進歩とか早期検診の普及だけから説明できるのだろうか。
 1960年代は世界で核実験が行われ、日本でも放射線量が上がっていた。その当時産まれ、あるいは成長期にあった世代に癌死亡者が多いのは、放射能と無縁なのか。そう疑いたくなるが、しかし根拠はない。4~50年先には癌死亡者が数倍になるかもしれない。その際、蓋然的要因として放射能汚染を挙げる事はできても、詳細な地域ごとの汚染データや摂取食材が明確で無い限り、数値的根拠は示すことはできない。
 (それはタバコでも同じであるが、がん患者に「タバコを吸っていますか」と聞く医者がいても、放射能に汚染された食材を摂取していますかと聞く医者はいない)
 かくして基準値は蓋然性が認められた際の補償対象者を絞り込む目安となる。このように基準値=許容限度量がそれ以下なら安全という根拠ではなく「この数値以上で障害が起きたら保障しますよ」という基準でしかない以上、被害者側にとって可能な限り低い方が安全性を高める、逆に加害者側のそれは利益や補償費用から見た忍受限度量となる。


【大規模原発事故を想定した災害評価1】
1955年「大規模原発における大事故の理論的可能性と結果」(ブルックヘブン報告)、1975年のラスムッセン報告、そして日本でも1960年に科学技術庁原子力産業会議に諮問し作らせた報告がある。いずれも原発推進の立場から災害規模や損失額を試算している。
 これらの報告では事故の確率は一基10万年~10億年に一度だとしている。だが、それから50年足らずで既に3回も大事故が起きたのだ。一方で各々の報告は一旦大事故があった場合、どれ程恐ろしい事態になるかも同時に明らかにしている。一体誰がこれらの報告を真剣に吟味したのか。